繽B佐賀にある節電と経費削減の(株)シグマの相談役 堤和之が、人との出逢いでのお話に、耳を傾けてつづった日記を「はがき」にそたためたものです。

このコーナーは、節電と経費削減の(株)シグマの相談役 堤和之が、人との出逢いでのお話に、耳を傾けてつづった日記を「はがき」にしたためたものです。
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[12]2012/02/17(Fri) 09:28 Sくん、ながい間ありがとう・・・

いつも、ありがとうございます。

Sくんが退職することになりました。
二十年間、ながい歳月を愚痴もこぼさずに頑張りました。
お別れの言葉です。

Sくんが入社したのはたしか1992年。
いまから20年前でした。バブル経済が終焉を迎えたころ。
県内の経済はまだ上昇の一途でした。
社員は毎日、仕事に追われ昼食もそこそこに午後の仕事に取りかかった時代。
高い場所、例えば工場の天井の配線工事や器具取り付けは、アップスライダーというハシゴを使って作業をしていました。
それでも届かない作業はまさに離れ業のサーカスのような危険極まりない作業が続きました。

 この時期にSくんは入社してくれました。
高い場所での長時間作業が得意なSくんは、同僚の危険作業を一気に解消してくれました。
100kg以上の重い材料や照明器具を吊上げるのも得意のひとつ。
6000vの高圧接近作業も絶縁性にすぐれ心配なしでしたね・・・。
退社するSくんの朝の話です。
香月信夫社長は上京の朝。
暗闇の中を出社して、あなたの肩をやさしく叩いて労をねぎらい上京したそうです。
M部長は退社記念に写真をとって、ながくあなたの功績を讃えるようです。
退社後はいちど整備してアジア方面にむけて出発すると聞きました。
スカイボーイのSくん、ほんとにありがとう。


 


[11]2012/01/24(Tue) 11:55 あやめ橋(菖蒲橋)は残った・・・

いつも、ありがとうございます。

今年も目まぐるしく世情は回転することでしょう。
そのなかで軸足を常に動かさない努力したいものです。
 
佐賀県嘉瀬川ダムが三月に完成します。
構想から四十年。
ダムの湖面は光り静かに水を湛えています。
これから四十年〜六十年というながい使命を担っています。
ダムの目的は洪水調節、工業、農業用水、水力発電用水などです。

湖底に沈んだ住居は160戸。
生活道路に架かった橋は七つ。
上流から菖蒲橋(あやめ橋)、鷹の羽橋、境谷橋、畑瀬橋、小倉橋、栗並川橋そして神水川橋。
洪水のたびに多くの橋は根こそぎ流され、改修資金を集めるなど橋の復旧にはたいへんな苦労を強いられました。

なかでもあやめ橋は、いまから百年ほど前、大正四年(1915年)に、
集落の人たちが、流されない橋を造ろうと協議して石造りのメガネ橋を建設。
当時、山深いこの地に豊かな経済力はなかった。
建設資金を各地で工面、用地確保など大変な苦労を重ね住民の力で遂に完成させた。

あやめ橋を湖底に沈めるには忍びない。
集落で保存を訴えて嘉瀬川ダム上流、銀河大橋のたもとに移築され、
記念碑を建立してその徳を偲ぶことになりました。
碑を読むと先人の次代を願う気遣いがひたひたと伝わってきます。


 


[10]2011/12/26(Mon) 16:39 全盲の女性をだました悲しいひと・・・

いつも、ありがとうございます。

わが子を思う七十代の全盲女性の、気持ちが愛おしく悲しい。
年末に千葉県で、次男が不倫で妊娠させ借金。
その返済に窮して裁判になると母親に泣きつく。
案じた母親は指定された路上に一度は350万円、二度目は700万円、
現金を持って立会い、男によろしく頼むと手渡した。
これが詐欺だった。

年末に最終通告なる黄色の封筒がわたしにも届いた。
当選賞金2億3千200万円が未請求なので、
10日以内に急いで支払い請求書を投函して欲しいという。
返信なき場合は、資格永久消滅と丁寧に印刷されていた。
正確な郵便番号と住所番号、氏名が印刷されていた。
外国郵便で届いた。データーが売買されどこかの地下室に眠っている。
恐ろしくなった。
クイズに応募したこともないわたしはすっかり驚いた。
無差別に送り届けられる途方もない郵便物に、引っかかる人がいるのだろうか?
いや、きっといるのだろうと思う。

請求手数料2000円を郵便為替で、またはクレジットカード払いの場合は、クレジットカード番号を記入。
アドレス、電話番号もとある。
個人情報はもうすっかりグローバル化してしまっている。
当然だがその悪用もある。
お互いに用心したいものです。だまされないように。

よい年をお迎えください・・。


 


[9]2011/11/14(Mon) 16:55 米を作る力は生きる力となる・・・ 

いつも、ありがとうございます。

世界的人気の佐賀バルーンフェスタ。
今年は土日に天候がわるく落胆した人も多かったことでしょう。
唐津くんちの人出はどうだったでしょうか?
佐賀空港南のシチメンソウを見るため、今年は三回も足を運びましたが、
曇天と冷たい風に左右され残念でした。

K小学校のフリー参観デー。
農業を営むKさんに出会いました。
小学四年生に稲作を教えてからKさんは十三年目です。
一回目の四年生は今年大学を卒業する年頃です。
小学校の強い思い出は稲作実習だったと大学生が話してくれたそうです。
田んぼで小学生から声をかけられることがいちばん嬉しい。

鉢植えの稲作指導をみて、目の前に広い田んぼがあるのに、
鉢植えでなく田んぼで実習したらとアドバイスしたことが、ことのきっかけ。

自分の田んぼを実習田に提供。
理論より実習を通して稲作を学ばせました。

田植えのしぐさをしながら「苗は深さ三センチが生育に最適」。
手植えと機械植えでは手植えがいい。
苗は三株ずつ植える。
ひと株がやがて七株に分かれ、収穫を迎える秋には二十一株になる。
一本の穂に80粒から100粒の米粒がつく。
小学生時代の記憶に残る稲作実習、忘れることは決してありません。
生きる力が備わるでしょう。
人知れぬKさんの努力に頭が下がりました。


 


[8]2011/10/21(Fri) 10:40 思い違いで赤恥をかく・・・ 

いつも、ありがとうございます。

誕生日を迎えるとわたしは七十六歳になります。
運転免許の更新には高齢者講習が必要です。
案内は六月に届いていました。
七月に運転講習(三時間)を受けました。
一回の講習は三名。なかのひとりは八十歳すぎの人。
現役のころは電力関係の仕事をしていたとかで、現在も東南アジアに技術指導で出向いています。
たいへん忙しいと話していました。
歳を重ねると体力の個人差が著しく表れます。
そんな感じを受けました。

免許更新には高齢者講習終了証明書をつけます。
ハガキ大の終了書です。
それが下駄箱の上の状差しにおいていたのにないのです。
車のなかかな?とシート上下、物入れなど車は大掃除。
机の周りは何度も見たけど見つかりません。
三か月もたっているので間違ってゴミと一緒に破棄したのではと、こんどは家族にも疑いの目が向きました。
やがて万策尽きました。

自動車講習所にでかけて、情けないけど再発行をお願いしました。
お待たせしました〜と差し出された終了書は、なんとA4サイズ。
ハガキ大ではありません。
ありがたく頂いて急いで帰宅、机の上の大封筒を開いてみたら七月二〇日付の終了書はちゃんとありました。
思い違い!情けなくなりました。

十月十九日、免許更新(ゴールド)は短時間で終了。
免許証を大切に。


 


[7]2011/09/29(Thu) 08:54 母の悲しみは海よりも深し・・・

いつも、ありがとうございます。

彼岸花の咲き誇る季節が温暖化で九月下旬になってしまいました。
きょうは二十九日。より真っ赤な彼岸花が車窓に飛びこんできます。
温暖化は避けられないのでしょうか?

 九月末に研修旅行で萩市内を訪れました。
十月一日から始まる「やまぐち国体」で、整備など最後のチェックが忙しそうでした。
数十年ぶりに鍾乳洞を上から下へ約1km巡ってきました。年間に観光客が60万人と聞いて驚いていましたら、最盛期には120万人が訪れ、いまは半分とか。

 松陰神社、東光寺、松下村塾など吉田松陰(1830〜1859)ゆかりの場所を散策しました。
過去にも数回わたしは訪れましたが、今回は一段と集中力を高めて見学しました。
歳のせいもあり、もう見おさめかな?という自覚もありました。
境内に杉家と松下村塾が隣接しています。
杉家の馬小屋を造作して若者を招き、夢を語った松陰先生を、食い入るように見つめた若者たち。
維新の原動力はここから奔流した。
学問は箱でなく先生の教育力がすべて。

 安政の大獄で松陰は萩をはなれ江戸へ向かう。
痩せた松陰の背を風呂で流す母に「お母さん、きっと萩へ帰ってきます」と安心させる。
しかし、死罪。
辞世の句。
「親思う心にまさる親心、けふのおとずれ何ときくらん」。
享年29歳。


 


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